2016年05月30日

和歌山の市電、幻の延伸計画?!

1971年に廃止された南海和歌山軌道線(Wikipedia)、いわゆる「市電」は、和歌山市駅前-和歌浦口-海南駅前(海南線)、公園前-国鉄和歌山駅(新町線)、和歌浦口-新和歌浦(和歌浦支線)の3路線を有していましたが、なんと、幻の延伸計画があった!というにわかに信じがたい情報がもたらされました。しかも、少なくともウェブ検索では探すことができず、まさに知る人ぞ知る計画だったようです。

で、管理人、その幻の路線設計図が和歌山市内に保存されているのを確認しました。
設計図に記載された発注元は京阪電気鉄道。大正末期から昭和初期にかけての和歌山軌道線は京阪電気鉄道が経営しており、その際に計画されたものと見られます。

路線は「青岸線」と称し、当時の真砂電停と病院前電停の中間地点(現在のNHK前交差点、もしくは淺川組本社ビル付近)から西に分岐。現在の砂山公園付近で南に進路を変え、さらに現在の県和商(当時は旧日本軍の駐留地だったようですね)付近で西に進路を変え、そこからまっすぐ西に向かう、というもののようです。終点が現在のどのあたりに相当するのかは地形も変わっており十分な推測はできかねますが、現在の花王和歌山工場付近か、和歌山運輸支局付近ではないかとみられます。


Googleマップの上に、想定されていたとみられるルートを赤線で引っ張ってみました。県和商から魁橋付近には西南西にまっすぐ1本道があり、この道路がアヤシイと思われます。

そんな話聞いたことある!という方がおいででしたらお知らせ下さいませ。

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Posted by わかやま小町 at 23:17│Comments(2)その他の情報
この記事へのコメント
管理人さんのおっしゃる「青岸線」と同一かどうかは判りませんが、大正バブル期の1924年に京阪が小松原通三丁目-海草郡湊村青岸(青浜)の間に軌道を敷設する特許を取得しています。軌間は1435mmです。参考文献としては、社史、市史、当時の新聞記事が挙げられると思います。

当時、既に京阪は和歌山水力を傘下に収めています。和歌山水力を傘下に収めるということは、和歌山軌道線を傘下に収めるということであり、和歌山軌道線を傘下に収めるということは、南海に攻勢をかけるということになり、南海に攻勢をかけるということは、南海とその陣営からの反撃と報復を受ける、ということを京阪はもちろん判っていたでしょう。

京阪としては、市の郊外で発展余地のあった東和歌山(いわば新都心か副都心)と、観光・軍事・産業面で将来性のある港湾(いわばウォーターフロント)を、現代風に言えば「路面ポートライナー」のようなイメージで結ぶことを構想していたのかもしれません。

そして大正バブル崩壊。新京阪(現・阪急京都線)の建設や和歌山への進出など、事業を拡大してきた京阪は次第に経営危機に直面。京阪から和歌山支社の譲渡を受けた合同電気(三重県の電力会社)が、のちに同特許を失効させています。

「小松原通三丁目」ではなく「病院前」という説もあるのですが、「病院前」なら「小松原通四丁目」になりますから、管理人さんのおっしゃるように「真砂電停と病院前電停の中間地点」と言うほうが正しいと思います。「海草郡湊村青岸(青浜)」についても、おっしゃるように「現在の花王和歌山工場付近か、和歌山運輸支局付近」、もしくはそのもう少し先、現在の和歌山港駅かその至近でしょう。

鉄道法規上の公式な書面かその写しであれば、おっしゃる「路線設計図」は、「線路予測図」か「線路実測図」のどちらか(おそらく前者?)ではないかと思います。
Posted by WaJin at 2016年06月02日 19:42
情報ありがとうございます。
おそらくその特許に相当する図面とみられます。
図面を隅から隅まで確認したわけではありませんが、起点は病院前でも真砂でもなかったのは確かなので、小松原通3丁目かと思われます。

また機会があれば詳しく見ておきたいと思います。
Posted by わかやま小町わかやま小町 at 2016年06月02日 21:17
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